皆さん、今日もお疲れ様です。現役内科医のさとっこ先生です。
本日は、大学時代の塾講師バイトで経験した忘れられないエピソードをお話します。単なるエッセイで終わっては面白くないので、学力の面で大きな課題を抱える子(-2SDを下回るような、全体の数%以下の集団)について考察もしてみました。
なお、学力が相対的に低いお子さんをバカにする・否定する・下に見るつもりは一切ありません。学生さんという集団をみた時に、必然的に-2SDを下回る子は出てしまうよね。そういう子をどうすれば助けてあげられるかな、という話です。

「1/2 + 1/3 = ??」が出来ない中学生の話
大学時代に小さな塾で講師をしていました。対象は中学3年生。生徒数は8人くらいだったかな?一つのクラスしかなく、学力も上から下までごちゃまぜ。
前半で講義を行って、後半はその類題を各自が解いて分からないところがあれば質問に答えるようなスタイルでした。そこで未だに忘れられない事件に遭遇します……
ちなみに時給は4000円と高額でした(当時はなおさら)、未だに覚えてます。個人経営の小さな塾だったので中間マージンが取られないことと、医学生というブランドでしょうね。医学生で脈々と受け継がれるバイトでした。
忘れられない出来事
中学3年生のK君。正直、学力に劣る子なのは分かっていました。良く言えば控えめ、悪く言えば消極的な男の子。
恐らく、こんな感じの問題を解いていた時のことだと思います。※平方根の問題ですね、懐かしい。さすがにこのレベルなら今のさとっこ先生でも楽勝です笑

まぁ、当然出来ないんですよ。こういう時って、少しレベルを落とした問題を解かせて解法に気付いてもらうような指導を行うことってあるじゃないですか?
「じゃあこれは?」、「じゃあこれは?」と少しずつ簡単な類題をその場で作って提示しても答えにたどり着けず。「うーーん、うーーん」と首をひねるばかりで前に進まない。
最終的には、「じゃあさ、1/2+1/3って出来る?」というところまで問題のレベルを下げたんですよ。こんな質問をすること自体が本人のプライドを傷つけるかもしれない、と迷った記憶があります。

うーーん……
分かりません……
…………なんと、出来ないんですね(;_:)
そんなんじゃさ、平方根の計算なんて出来ないよね。私の講義を受けているのもつらかったと思います。
どうしてこうなった? -今になって考える事-
当時は「いろいろな子がいるよなー」くらいにしか考えていませんでした。でも、子供が出来た今振り返ると色々と思うところがあります。
まず、こんなにも勉強が出来ない状態なのに誰にも気づかれず拾い上げられない・もしくは気づいても対策が取られないこと。

こうなる前にさ
何か対策ってなかったの?
公立中学校は、こういう子とトップ高校に合格する子が同じ教室で同じ内容を学んでいるわけですよね。それってもう、歪んでますよね。お互い不幸というか。現場を知らずに正論を振りかざして申し訳ないのですが、このままで良いはずがないと思ってしまいます。
あ、いわゆるFランクの大学に入った友人と飲んだ時の話。こんなこと言ってました。

英語の授業は中学生レベルのことをやり直してるわ
さとっこが見たらびっくりするぜ
大学とは笑
でも、そういう大学生には中学生レベルの英語をやり直すことが現状にマッチした勉強なわけで。
習熟度別にクラスを分けることって出来ないんですかね?せめて数学だけでも。
不都合な真実?
いわゆる、”地頭が良い”、”地頭が悪い”、というワードをどうしても思い浮かべてしまいます。ついでに言うと、”遺伝”というワードも。
K君がどういう家庭環境・学習環境で育ってきたのかは分かりません。でも、例えば時間を巻き戻して。
私がリリーちゃんに行っているような最低限の勉強(小学2年生時点で、宿題 + 進研ゼミ ちゃれんじを20-30分程度)をK君に提供出来た場合、ここまで極端な勉強の遅れ防ぐことは出来たのでしょうか?
“preventable( 予防可能な、防ぎえる。医師が好んで用いる単語です)”な事象なのかが気になるところです。
覚えが悪ければ親もイライラするでしょうし(私自身がそういうタイプです)、こういう子の勉強を粘り強く見てあげるのは本当に大変なことだと思います。
あっさりトップ高校に入る子もいる
3年間塾の講師をやっていましたが、一人だけ県内のトップ高校であるN高校(公立校)に合格しました。ただ、初めからモノが違うといった感じでした。その子は、塾に行こうが行くまいが合格したでしょうね。講師としてのやりがいはあまりなかったと記憶しています。ただ、打てば響く感じは楽しかったかな。
学力は幸せのサロゲートになるのか?
結局のところ、子供たちに幸せになって欲しいわけじゃないですか。極論、バカでも(あえてこう表現しました。人格自体を否定する意図は一切ありません)楽しく幸せに生きていけるならそれでも良いわけで。人に迷惑をかけなければ。
そして、K君がその時(そして今?)幸せだったのか。それはK君が決めることです。ただ、私からはそうは見えなかったんですよね。だって、ここまで勉強が出来ないと学校がつまらないと思うんですよ。塾でもずっと暗い表情。授業中なんて、恐らくただ座って時計見てるだけですよね?学校を楽しんで欲しいんですよ。
以前書きましたが、私が娘・リリーちゃんに最低限の教育を行っているのは、こういう事態を避けたいからなんです。
………というか、学力って幸せのサロゲートになるんですかね?さらに言うと、幸せって何だろう??さとっこ先生の悪い癖ですが、突然哲学を始めてしまいます……
で、すいません、これも悪い癖なのですが、その仮定を肯定するにせよ否定するにせよ、エビデンスってあるのかな?と探し始めてしまいました。後日公開しますが、恐らくまとまらないでしょうね。
まとめ
- 分数の簡単な計算が出来ない中学3年生のエピソードをお話しました
- 親の立場になり、学力に劣る子をいかに救うかについて考えさせられます
- 学力は幸せのサロゲートになるのでしょうか?
以上、中学3年生なのに「1/2+1/3」が解けない子に出会った医学生時代のお話でした。親になった今それを思い出すと、学力格差の問題や教育の本質、さらには学力と幸せの相関性について考えさせられました。
あ、今日もリリーちゃんは頑張ってました。そして可愛かったです。
最後まで読んで頂きありがとうございました。

K君、今頃どうしてるかな?
もう30歳くらいだな……
えっ?時が経つの早過ぎね

今回は私の出番、なかったね♪
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